『ヒミツ』第4巻 9ミニマル大作戦1

2023.01.15 その他

『ヒミツ』第4巻 9ミニマル大作戦1

会社の役員クラスにストレートにこういう話をしても、

理解してもらえないだろう。

下手したら、「陰謀論者」のレッテルを貼られかねない。

だから彼女は、内側から会社を変えていくことにした。

相手を変えるのでも、組織を変えるのでもない。

自分が会社に関わる、その関わり方を変えていくのだ。

そして、そういう変わり方をしてくれる同僚を増やしていく作戦である。

具体的に言うと、専務に直談判して、「連携チーム」を作ってもらった。

過剰なコロナ対策に起因する影響はまだ色濃く残っていたので、

またあんなことが起こってもスムーズに対応できるよう、

ふだんから社内の連絡網や部門を超えた連携体制を整備しておきましょう、

というお題目にはあっさり承認が得られた。

営業、総務、システム、経理、顧客サポートの各部門から

1名ずつ出してもらい、横の連携を2週間に1回の定例会で深めていく、

緊急時にはどう動くかシュミレーションも済ませておく、

という建て付けだ。

「web上で」「リモートから」「現地と協力して」という基本姿勢には、

出張をともなわないTV会議や、各部署のデジタル化が前提となるDXが不可欠であり、

相応のコスト削減効果も見込めるため、むしろ会社側も大いに協力してくれた。

人選はと言うと、もちろん、言い出しっぺのケイコの意向が強く働いている。

実際、それはビンゴだった。

心を閉じておらず、過剰防衛に走らない「おおらかな人々」は、

不安を抱えつつも、実はみな内心、居心地の悪さを感じていたのだ。

あそこまで萎縮しなくてもよく、まして自粛警察になる必要もなく、

もっとたのしく、豊かに、会社ライフをエンジョイすればいいのに、

どんどん出張にも出て、お客さんと直接話し、

現場にも販社さんのところにもどんどん出向いていったらいい、

その上で必要なデジタル化やネットワーク対応を進めればいい、

と彼女たちは感じているようだった。

2週に1回1hだけの、6名会議。

100名近い従業員がいるケイコの会社では、吹けば飛ぶような存在だ。

役職者もほとんどいない。

ほぼヒラ社員と、せいぜい係長レベルのチーム。

予算なんかゼロだ。

唯一の資源は、この「2週間に1回1h集まれる権利」だけ。

まさにミニマル大作戦である。

しかし、効果はすぐに現れた。

連携チームに、いろんな相談事が持ち込まれるようになったのだ。

トイレの芳香剤がきついので変えてくれ的なものから、

お茶菓子を増やしてほしいという他愛のないもの、

経理のA子さんが最近元気ないので心配だ、

上司のBさんとCさんの派閥争いはなんとかならないかまで、

いろんな相談事か連携チームを介してケイコのところに持ち込まれる。

ケイコのやり方はいつも同じだ。

助言はしない。

ただ聞くだけ。

うなずきながら30分ほどかけてじっくり話を聞き、

吐き出させるだけ吐き出させると、最後にこう問いかける。

「自分がどう変わったらいいんだと思う?」

すると、みな自分なりの解決策を自分なりに提示してくる。

どうしたらいいかは、みなわかっているのだ。

いい大人だし、社会経験も常識もある。

答えは、最初からみな自分の中に持っているのであって、

問題を解決しようとするのではなく、

自分が問題にかかわるその関わり方を変えるにはどうしたらいいか、

という視点から問題をとらえ直すと、

もはやそれは「問題化」から自由になって、

なんとかなる問題、なんとでもなる問題、そもそもそれは問題だろうか、

なにがそれを「問題」にしてしまっているのだろうか、

という問題に変わってしまうのだった。