『ヒミツ』第4巻 5グレート・リセット1
『ヒミツ』第4巻 5グレート・リセット1
「グレート・リセット」って言葉、聞いたことないかしら?
世界的な経済フォーラム等で語られる、あたらしい社会の変化を
端的に示した言葉。
主催者は、各国/各界のリーダーたちが民族や国家の枠を超えて、
よりよい世界の実現を目指してディスカッションし、
相互に理解を深めあうと言うけれど、
統治エリートたちがグローバル・シナリオを共有していく場、
に見えなくもない。
数々の政策提言も、美辞麗句をはぎ取るなら、
・自由な消費の終焉
・人口の抑制
・低成長経済と低所得の甘受
・重税化と監視機構の必要性
・ヒト/モノ/カネの移動制限
・私権の縮小
・公衆衛生の、憲法に対する優越
など、「おや?」という方向性が透けて見えなくもない。
(クラウス・シュワブ 『グレート・リセット 』)
そこになにを読み取るのかは個人の自由だけれど、
ケイコはここでもまた、あのモヤっとしたものを感じている。
だから彼女は距離を取る。
「正しい/正しくない」を基準にすると、おなじ土俵に上がり、
どちらが正しいかを争わざるをえなくなる。
ケイコが用いるのは、
「自分にとって必要か、自分にとって心地よいか」だ。
自分にとって必要なものなら採用するし、自分が心地よいなら受け入れる。
そうでないなら、端的にノーと言う。
あからさまに否定まではしなくても、少なくとも遠ざかる。
ケイコは、高名な先生のおっしゃることよりも、
権威ある有識者のわかりやすい解説よりも、そうした自分の肌感覚、
自分の直観の方を信じることにしている。
トキメクなら率先してやるし、どんより重い話には関わらない。
右脳の直観を優先し、左脳の「べき論」にはお引き取りいただく。
そうしたケイコの行動は周囲からはあきらかに浮いているのだけれど、
ジャッジを振りまわし、レッテルを貼ってくる「目を三角にした人たち」もまた、
徐々にケイコへの関心を失ってきたようで、最近は摩擦もずいぶん減っている。
たぶん、あの人たちはそれどころじゃないんだ、
いろんなことに巻き込まれてるので、
他人にかまってる状況ではなくなってきてるんだってことも、
ケイコはうっすら理解しはじめている。
眉間にしわを寄せ、目を三角にした人たちには、おしなべて余裕がない。
多くは、体調も悪い。
そして常に、世相の変化に右往左往している。