『ヒミツ』第4巻 3モヤ3
『ヒミツ』第4巻 3モヤ3
そういえば、前にこんな話を聞いたことがある。
認知心理学の実験だった。
右側には、ハイリスク&ハイリターンのカードの山がある。
左側には、ローリスク&ローリターンの山。
内容を知らされていない被検者は、カードゲームを
進めるよう指示されるが、まだ意識的には山の規則性が
理解される前であるにもかかわらず、ハイリスク側のカードを
引こうとするとき、あきらかに発汗が増えて手の平の計測電位が上昇する。
つまり、回を重ねて規則性がはっきり意識化されるずいぶん前から、
数回引いただけで、無意識側はすでに右山の危険性を察知していて、
体を警戒モードにしていたのだ。
ケイコの体にも、同じ変化が起こっていた。
街にいると、無意識のうちに、人々の「気」を拾っちゃう。
景気は好調そのものであり、意識の上ではみながユーフォリアに
酔っているのだけれど、「無意識の警戒モード」はすでに始まっており、
それがあの収まりの悪さ、座りの悪さという微妙なチグハグ感として、
人々の日常を侵潤しているのだった。
感覚の鋭いケイコは、そうした人々の集合した無意識に感応してしまう。
強力な電磁波が飛び交い、添加物にまみれた食事を取り、
スマホを片時も手話さない現代的なライフスタイルに慣れていると、
意識の感受性はどんどん鈍くなり、他人のは当然として、
「自分自身の無意識のアラート」でさえ感じ取れなくなってしまう。
ケイコには、同僚たちがそのように見えた。
動物としての本来の直観を封じ、あえて殺伐ゲームをたのしんでいる。
ケイコには、国民たちがそのように見えた。
世界経済が同時に低迷したため日本以外にまともな投資先がない、
という経済構造が人為的に作りだされたがゆえの平成バブル。
あのころの日本の姿が、再現されいるように思えてならない。
子どもだったのではっきりとした記憶はないのだけれど、
デジャヴとしか言いようのないモヤモヤ感は、
自然とケイコをおしゃれで便利な都心から遠ざけるのだった。